T-ch No.7 「神経のはたらきは、数字で表せるのでしょうか?」
神経が正常に機能しているかどうかを「数字」で評価することは可能なのでしょうか。
たとえば、MRIやCTといった画像検査では、脳の構造や病変の位置・大きさを視覚的に捉えることができ、面積や体積といった数値に置き換えることが可能です。また、超音波検査によって末梢神経の太さを測定することもできます。しかし、これらの検査だけでは「神経がきちんと働いているかどうか」、つまり“機能”を評価することは困難です。その機能面を評価するために行われるのが「生理機能検査」です。神経や筋肉がどの程度正常に動いているかを調べる検査で、しびれや力が入りにくいなどの症状の原因を明らかにする際に有効です。
中枢神経と末梢神経、それぞれに応じた検査
神経系は大きく分けて、「中枢神経(脳・脊髄)」と「末梢神経(中枢と全身をつなぐ神経)」に分類されます。筋力低下がある場合には運動神経の検査、しびれや感覚異常がある場合には感覚神経の検査が必要となります。中枢神経の機能を調べる検査には、脳波、視覚誘発電位、体性感覚誘発電位、聴性脳幹反応、瞬目反射などがあります。また、神経と筋肉のつなぎ目(神経筋接合部)の機能を調べるには反復神経刺激法や単線維針筋電図、筋そのものを調べるには針筋電図を行います。今回は、末梢神経の状態を評価する「神経伝導検査」についてご紹介します。
神経伝導速度とは?
たとえば、音や光に気づいてボタンを押すまでには、約0.15〜0.3秒かかるとされています。この時間には脳や複数の神経を経由する“シナプス伝達”が含まれており、神経の純粋な伝達速度とは異なります。一方、末梢神経ではシナプスを介さずに信号が伝わるため、より正確に神経伝導速度を測定することが可能です。
神経伝導検査では、運動神経の場合、神経の2カ所に電気刺激を与え、筋肉が反応する時間の差から伝導速度を算出します。感覚神経の場合は、刺激を加えた部位と記録部位の距離と時間から計算します。電気刺激は非常に短時間(0.0002秒)かつ弱い電流(約10mA)で行われ、安全性も確立されています。手の神経の伝導速度は平均して秒速50メートル(時速180km)に達します。これは、人の歩行速度(約1.3m/秒)の40倍近くにも相当し、非常に高速です。
感覚神経と運動神経は1本にまとめられている
多くの末梢神経は、「感覚神経」と「運動神経」がひとまとめになった「混合神経」として存在します。そのため、外見だけでは両者を区別することはできません。
一部には例外もあり、たとえば足関節の外側を走る「腓腹神経(ひふくしんけい)」は感覚情報のみを伝える珍しい神経です。この神経は運動麻痺のリスクがないことから、神経生検に用いられることがあります。ただし、生検は誰にでも行うものではなく、診断や治療において特に有用と判断された場合に限られます。生検後は、一部にしびれや感覚の鈍さが残る可能性があります。当院では、神経超音波検査を併用することで、侵襲的検査(生検)を避ける工夫を行っております。神経の腫れや構造的変化を体表から観察できるため、診断に大きく貢献しています。
神経伝導検査でわかること 〜しびれの原因を探る〜
日常的にみられる「しびれ」症状でも、持続時間や程度によって検査結果は異なります。正座後の一時的なしびれでは異常が出ないことが多い一方、数週間以上続く重度のしびれでは、神経伝導検査で異常を検出することができます。
この検査は、直径の太い神経線維の状態を反映します。糖尿病や抗がん剤による神経障害では、伝導速度は保たれているものの、電気信号の大きさ(=情報量)が減少し、小さな波形として記録されます。また、「伝導ブロック」と呼ばれる、神経信号が途中で伝わらなくなる現象が起きると、運動神経では筋力低下、感覚神経ではしびれや感覚の消失が見られることがあります。当院では、わずかな波形変化を見逃さないよう、精度の高い神経伝導検査を実施し、診断に役立てています。
神経筋電気診断センターの取り組み
当院の「神経筋電気診断センター」は、2014年に園生雅弘前教授により開設され、以来、多くの脳神経内科医が電気診断技術を学びに訪れています。また、海外からの短期留学の医師も多数受け入れており、神経筋電気診断の知見は国際的にも広がっています。園生教授は、かつて中枢神経の評価に用いられていた誘発電位を、末梢神経の臨床応用へと発展させ、病変部位が手足の先端にあるのか、体幹に近い場所にあるのかを特定できる研究を行い、現在では実際に臨床に役立つ検査法として使用しています。当センターでは、神経に関するさまざまな症状に対し、豊富な経験と技術を活かした正確な診断と治療に努めています。検査や診療についてご相談がありましたら、脳神経内科のいずれの医師宛てでもご紹介を承っております。お気軽にお問い合わせください。
脳神経内科 神経筋電気診断センター長 病院教授 畑中 裕己